映画鑑賞会

サークルでやっている映画鑑賞会の感想アーカイブです。

西部戦線異状なし

ニンチー 7点/10 物語2、主題2、演出2、映像1、音楽0

Dulce et decorum est pro patria mori. 祖国のために死ぬことは甘美にして名誉あること。 当時この言葉にどれだけの青年が騙されたことだろう。 現実の戦場には名誉などなく、何のために戦うのかも曖昧なまま、心の拠り所なく、何となく周りに合わせて行動し、傷ついたり死んだりする。 まともな統率は取れていないし食料すら満足にない状況で、戦場を知らなかった頃に夢見た誇り高い戦士はどこにもいない。 絶え間なく続く砲撃の音が自己を見出そうとする正常な思考を妨げ、長期的な希望は失われ享楽的な娯楽を切望するようになる。 墓場で敵の砲撃から逃れるために地面に潜り込むポールは、自ら死に向かう彼の心境を表しているかのようである。 現代では個人主義がより強く浸透し、人々は個人のアイデンティを強く持つ代わりに社会から部分的に切り離されたが、当時、というか人類はほとんどの期間において社会と強く結びついていた代わりに個人の意思は帰属意識と不可分であった。 一時的に戦場を離れて故郷に帰った時にポールの感じた疎外感、自身の経験したことと世の人々の語っていることのギャップはすさまじいものであっただろう。 戦場で何も見いだせなかったポールを親はまるで英雄のように扱い、教室では戦場を知らない教師が相も変わらず若い学生を戦場に送り込んでいる。 かつて座っていた場所を今は教卓から見下ろして、かつてのポールと同じ兵士に憧れる瞳をみながら、現実の戦場で行われていることを語ることはポールにはできなかった。

本作は世界的名著であり、本作によって名声を得たレマルクによる同タイトルの著作の映画版である。 2020年製作の「1914命を懸けた伝令」でも当時の塹壕や兵士たちの様子が美しく残酷に描写されていたが、本作は1930年放映らしくより時勢を反映した人々や戦場の様子、レマルクの体験を反映していると思われる。 一時的な帰郷のシーンやラストのシーンの皮肉が利きすぎていて反戦のメッセージ性が強すぎるため物語は少し薄れ気味ではあるが、私から見ても心が揺さぶられる戦場の現実を見て当時の人々も衝撃を受けたに違いない。 映像の古さから1930年という時代は感じるが、構図の巧妙さは今の映画と比べても遜色なかった。 昔から見ようと思っていた本作だが、一度経験しておいてよかったと思う。

マルクス・エンゲルス

ロードジャスティス C

ラウル・ペック監督は黒人差別がテーマのドキュメンタリー「私はあなたの二グロではない」を以前観たが、本作もブルジョワvs.プロレタリアートという現代にも続く二項対立において虐げられた者の肩を持つような姿勢では共通している。しかし史実を基にした伝記ものとして主人公のマルクスエンゲルスを極端に美化してはおらず、その後の共産主義の敗北までは描かなくとも彼らの思想自体を賛美する作品ではない。必ずしも労働者階級の悲惨さへの義憤ではなく、エンゲルスの父親に対する葛藤やマルクスの哲学者としての批判精神(あるいはイキり)が思想の原点であるようにも読めるのは面白かった。マルクス以前の社会主義運動は労働者への友愛が軸であり、理念が曖昧であっても単純な二項対立で無知な民衆にも理解しやすいものだったが、マルクスは徹底的な批判によって革命の本質的な理論を確立しようとする。だがそうした姿勢は当然ながら敵を生んでもしまう。革命をやってもその後のビジョンがなければ意味がない。しかし大衆を惹き付けられなければそもそも運動として成立しないし、大筋の方向性が同じでも些細な理念の違いを追求してしまえば統一は難しくなる。これはまさに粛清や内ゲバを繰り返してきたマルクス以後の「革新派」が抱えているジレンマそのものである。そうしてなかなか社会から理解されないマルクスと腹蔵なく語り合えて、とにかく金がない(←重要)という問題を解決できるエンゲルスとの共依存的な関係性も見どころだった。作品全体としては、歴史的ものとしてある程度誠実さはあり、ちゃんと哲学をやろうとする挑戦的な姿勢自体は評価したいものの、一貫したメッセージ性が希薄なのもあって議論がかなり難解に感じるのと、各シーンの必然性が薄く映画としてのカタルシスがあまりないのは今一つだったと思う。

スパイダーマン:スパイダーバース

ロードジャスティス A

スパイダーマンシリーズも作品が多いし全然追えていないが、それでもシリーズに対する作り手側の半端じゃない熱量がひしひしと伝わってくる作品だった。ディズニー・ピクサー系の3DCGともやや違う、アメコミの紙面をそのままアニメにしたかのような独特の画風にはかなり驚かされた。音楽とも合ったリズミカルでポップな演出やアクションシーンの迫力も見応えたっぷりで、アニメーションとして日本の作品とはまた違った一到達点といえるほどのレベルまで上り得ている作品だと思う。ストーリーの大筋は家族愛を軸に少年の成長を描く、概ねイメージ通りのスパイダーマンではある。ただ、映画を何作か観ているだけの身からすると時折挟まれるコントのような軽いノリは少し意外で、アニメの表現とも噛み合っていた気がする。そもそも作品を越境して何人ものスパイダーマンが共闘するという、オタクが考えた二次創作のような世界観=スパイダーバースというコンセプト自体がもうエンタメに振り切っているので特に深読みして言うこともないが、ひたすら「楽しい!」が持続するいい映像体験だった。放射性のクモが便利すぎる。家族2人だけを異次元から呼ぶつもりが代わりにスパイダーマンが5人も来てしまい、生身でスパイダーマンと1on1ができるフィジカルがありながら最後は惜敗する悪玉のキングピンには同情を禁じ得ない。

ニンチー 7点/10 物語2、主題1、演出1、映像2、音楽1

スパイダーマンの持つ普遍的な物語性を現代のグローバリズムに適合させて見事に一つのティーンエイジャーの成長譚に仕上げている。 スパイダーマンは原作からすでに超人的な力を持つスーパーヒーローではなくややシニカルながら自らの力と責任の重さに悩む青少年の話であったが、この映画によって現代のアメリカにおいて黒人でも女性でも(白黒でも美少女でも豚でも)スパイダーマンになりうることを示している。 叔父の死をイニシエーションとして「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉を携えて戦ったピーター・パーカーと同じように、ヒスパニック系の少年マイルズは信愛していた叔父の死を乗り越えて、仲間や家族のために戦う。 形を変え時代を越えて語り継がれていく神話のように、この映画には子供が大人になる普遍的な成長の過程が詰まっている。

アニメーションのカメラワークやモーションも説得力があり、本作固有の特色が存分に発揮されていた。 ポップなアメコミ的表現が多分に含まれていて見づらい画面は一切なかったし、BGMも細かく心情に合わせて変化していて分かりやすさという点では一番だった。 商業的な作品でありながらノリは完全に同人作品そのもので世界観を破壊しかねないギャグも含まれているが、スパイダーマンへの愛にあふれていてなんだかほほえましかった。 東方や二次創作のような軽さとごった煮感がありつつもスパイダーマンの物語性をきちんと詰め込んだ点を評価したい。